【その他雑感(19)-最近考えたこと:外出自粛期間中に(3) 】2020/05/06 12:36

 まだまだ外出自粛は続きそう。我慢して、外出を自粛し、色々考えることを継続する。

今回は、日本の労働生産性の低さを確認し、私が考える原因と対応策について整理してみたい。これからの日本の将来を色々考えたら、今回も超長文に。細かい部分は斜め読み、印刷はページ指定にして下さい。

 3月23日の日経新聞に次のような記事が掲載された。

“生産性、日本は劣勢続く 先進国平均との差広がる デジタル化遅れ影響か” 

 要約1: 日本の労働生産性は低い状態であり、主要各国(OECD)の平均以下になっている。

 要約2: 日経の分析では、労働生産性とデジタル化の進捗度に強い関連性があり、日本のデジタル化の進捗が遅いことが労働生産性の低さの原因の一つになる。

 このテーマをより深掘りしてみることにしたい。

先ず、労働生産性とは、一人当たりの生産量であり、国別での分析では、GDP/人口(上記レポートでは、総労働時間)で比較している。企業で比較する場合は、総売上高または利益/従業員を利用することが多い。

 日本の2018年度の労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)36ヶ国の18位、先進7ヶ国の最下位になっている。これまでの傾向は下図の通りであり、1998年以降ほとんど位置は変わっていない。

1990年までの高度成長期には上昇傾向にあったが、バブルが弾け安定成長期になると低位置のままになっている。労働生産性が低いままだと、給与も低いまま維持される可能性も高い。

何故、日本の労働生産性が低いままなのか? 日本は「おもてなし」精神が強いので、他国より時間を掛けるという説や日本は他国に比べて物価が安いのでGDPそのものが低いという説もある。しかし、実感として、個々の処理時間は日本人の方が速いと思うし、日本のGDPそのものは世界3位(2018年)であり低くはない。どうみても日本人の仕事は他国に比べて遅いとは思えない。であるのに、労働生産性はずっと低いままなのか? 私の考える理由は、余分な仕事をしているからと考えている。ここで、その理由や余分の仕事とは何かについて整理をしてみる。上述の日経の記事にあるデジタル化の進捗が遅い理由も合わせて考えてみたい。但し、既に企業改革が進んでいる企業も多いと思われる。あくまでも例として確認して欲しい。

 

  • エンパワメント・レベル

     先ず、労働生産性を考えるためのベースとして、エンパワメント・レベルについて触れておきたい。エンパワメントは、“力をつける“ということであり、社員一人一人が仕事を実行する力(パワー)を意味し、エンパワメント・レベルは、自主的に実行するレベルを表している。権限移譲と訳する人もいるが、エンパワメント・レベルに応じて権限移譲の割合を確保できると考えるべきである。レベルの定義も幾つか紹介されているが、ここでは次の5レベルとする。

  • レベル1 : 自主的に行動し、日次や週次報告等で上司に報告する

  • レベル2 : 行動を起こし、同時に上司に確認する

  • レベル3 : 上司に進言し、その結果で行動する

  • レベル4 : 何をするべきか上司に尋ねる

  • レベル5 : 何をするべきか指示されるまで待つ

社員は、自分自身の能力を向上させ、上司と相談・確認し、上位のレベルを目指す。上位レベルになれば、自分で判断できる割合が増加することになる。このエンパワメント・レベルを昇進や昇格の判断項目の一つに組み入れる考え方もある。組織的にも所属社員のレベルを高めることで、組織対応力や組織スピードの増強が期待できることになる。

欧米では、1990年代から人事政策の仕組みとして運用し、昇格や権限移譲の判断材料に利用している。しかし、日本ではエンパワメント・レベルという言葉は適切な日本語も無く、浸透もしていない。労働生産性の停滞と合わせて、その理由を確認してみたい。

 

A: 日本の労働生産性が停滞している理由の推測

 私なりに考えている停滞の理由は、大きく2項目、即ち、従来からの伝統的な部門最適化と多段階の組織形態である。

  1.  部門最適化と多段階の組織体系の背景: この2つの要素は、1990年代まで続いていた高度成長期に形成され、適用されていた。多くの企業で、毎年策定の経営方針を方針展開として、各基幹部門や事業本部に指示し、それぞれ部門方針を策定し、下部組織に展開していた。各部門で最適化を図り、多段階の組織形態を通して、計画策定(予算化)⇒下部組織で運用⇒実行管理を徹底していた。いわゆるタテ割り行政になる。

  2. 安定成長期(低成長)における部門最適化と組織形態の問題点: 安定成長期に入ると、一般的に最初に経費削減を目指す。この段階では、タテ割り行政の展開でも目標達成が可能であった。しかし、経費削減を長く続行すれば、企業規模縮小に陥る。企業規模の維持・拡大のためには、売上拡大の戦略展開が不可欠になるが、タテ割り行政による課題が多い。

  • 複数の部門のバラバラな戦略: 各部門で色々工夫して新規分野への参入を図るが、狙う領域が重なることも多い。混乱するのは営業部門やお客様で、企業内競合が発生する。

  • 競合の激化に伴う社内折衝の増加: 高度成長期では、暗黙の了解で市場の棲み分けが図られ、競合状態は最小限に維持されていた。安定成長期では、市場の取り合いになる。異業種や海外企業からの参入も激しくなる。お客様からの値引き、取引条件の緩和や特殊機能の追加等の要求のために主幹部門との折衝が必要になる。タテ割り行政の中で、先ず自部門の上位管理者に説明・説得が必要になる。上司が消極的であると作業量の負荷も大きくなる。自部門の説得の完了後、主幹部門への依頼になるが、例外処理の扱いになるため、承認獲得までの負荷は大きい。複合商品の場合は、関連する部門の価格責任者と個々に折衝することになり、大変な負荷になる。

  • 複雑な商談や社内プロジェクトの部門を超えるチーム編成の増加: インターネットで容易に各社の情報が把握可能であり、技術革新により選択の幅が広がる。その結果、市場や顧客の要望が変化し、単体商品はネットでの購入の割合が増え、営業との商談は、課題の解決や要望の満足を得るための提案依頼が増加する。依頼を受けた営業職は、1人では無理なことが多く、それぞれの専門分野を有する専門営業とチームで対応することが多くなる。複数の部門からダイナミック・チームを編成する場合には、それぞれの部門長と折衝が必要になる。招集したい専門職は所属部門の重要な戦力であることも多く、交渉のための作業負荷も大きくなる。

  • 部門内月次/週次の部課長会議: 安定成長期になると、業務目標の達成は容易ではなく、月次/週次会議で状況の確認、課題の抽出、対策の検討が議論される。数多い案件やプロジェクトの全てに関与しているわけではないが、上司から質問されて「未把握です」とは答えにくい。そのため、事前に質問されそうな状況について、部下に状況レポートを求めることが多くなる。部課長は大量の資料を抱えて会議に臨むことが多い。また、会議で対策を求められた場合には、部下を招集し回答文書の作成を求めることもある。月次/週次会議の前後には、部下の作業量が増えることが多い。

  • 課長の指示による作業指示の弊害: 安定成長期になっても、高度成長期の延長線上で課長からの指示で作業を進めるという企業も多いようである。各種の依頼や申請をする場合も課長に了解を得る仕組みも多い。2009年に行われた総務省のテレワーク実施試行で最初に紹介された機能が、テレワーク中の課長席のPCにセットされている課長呼び出しボタンだった。また、折角テレワークしている社員が捺印の依頼のために出社しているとニュースで紹介されていた。キャスターは対外的な書類の社印捺印の依頼のようだと説明されていたが、社印を必要とする類の書類はそれほど多くはないし、郵送でも間に合うことが多い。課長の判断を必要とする書類への捺印依頼の可能性が高いと思われる。
     課長の指示で活動している環境では、部下が自主的に仕事を進めると、勝手に動いていると判断されかねない。課長をスキップして上位管理者と相談することはタブーに近い。課長から見ると自分の存在感を軽く思われるという不安感が強くなる。
     最初に紹介したエンパワメント・レベルに当てはめると、部下はレベル3までが望ましく、レベル4,5は奨励し難い。高度成長期からの長年の考え方であり、簡単には変わらない。部下も自分の判断で作業を進める望みは低くなるが、自分で工夫することや判断する必要がないので、気分的には楽である。

    B: 労働生産性向上のために考えるべき対策

  • 全社最適化: 試行錯誤が多い状況で経営スピードを上げ、全体の生産性を向上するためには経営戦略の全社最適化が必要になるが、実現には極めて厚い壁がある。部門長が抵抗勢力になる可能性が高い。部門最適化時代の部門長はお城の殿様に近い。全社最適化になると、そのお城の明け渡しを要求される。今まで最適化してきた自部門の運営は、制限を受けるし、思い通りにならないことも生ずる。全社最適化には、最上級役員の強いリーダーシップが不可欠になる。

  • 管理者の役割の見直し: 安定成長期の管理者には新たな役割が加わる。変化の激しい市場や顧客の変化をタイムリーに把握し、経営戦略に迅速に反映させるというボトムアップの役割が求められる。市場や顧客の変化に接している第一線の社員から迅速に状況を確認し、統合し、集約し、上位管理者に伝達する双方向の方針展開に切り替えることが必要になる。
     また、経営スピードを上げるために、フラット組織に改革することも検討される。主に実務管理を担っていた課長職は専門職としてのグループ・リーダーの役割に切り替え、人材管理や組織管理を部長の役割に集約することも考えられる。

  • 総合職と専門職: 最近は、多くの企業で専門職の強化が進んでいる。市場や顧客が求める解決策を提案するようになると、社内・外に専門職のネットワークを準備し、必要に応じてダイナミックにチームを編成して活動することになる。部門や企業を超えて活躍する専門職も出現することもある。専門職は文字通り人的財産となり得る。例えば、経理部や法務部の社員が専門職として、解決策構築のチームに参加し、経理的、法務的なアトバイスをすることも考えられる。総合職の管理職も管理の専門職として人材育成の対象になる。米国では、外部の管理者研修のカリキュラムが豊富にあり、マネジメント・スキルを高めることを要求されている。

  • エンパワメント・レベルとエンゲージメント・レベル: 新しい仕組みの展開により、社員は高いエンパワメント・レベルを目指すことが望まれる。エンパワメント・レベルの向上とエンゲージメント指数(社員のやる気、企業への貢献意欲)が相関するという論文もある。どのように計測したか不明だが、

  • 図にあるグラフでは日本の社員のエンゲージメント指数は低いと表示されている。エンパワメント・レベルを高めることを昇進・昇格の基準に組み込むようにし、管理者も含む全社員が高い専門性を追求することが望まれる。従来は、昇進のために管理者を目指す傾向にあったが、これからは専門職としての昇進・昇格の体系を構築する必要がある。
     このような対策を実現するためには、企業内の仕組みの大幅な改革が必要になる。新型コロナによる外出自粛の要請で活動が制約されている今こそ改革の絶好の機会になる。思い切って、新型コロナの収束時には、新しい仕組みで再開できるようにすべきである。

    C: ディジタル化への対応:

  • 守りの投資から攻めの投資へ: 安定成長期では、先ずコスト・経費の削減を推進し、次の段階で売上拡大に切り替えることが多い。それに伴い、デジタル化の米国での傾向は、守りの投資から攻めの投資に切り替わっている。しかし日本では、依然として守りの投資が継続している。


  •  経費削減の段階では、従来通り基幹業務を担当する部門が守りの投資を推進できる。しかし、売上拡大のための攻めの投資には、営業部門やマーケティング部門が主導する必要があるが、主幹部門が強いためなかなか移管されない。
     攻めの投資に切替えるためには、全社最適化の中で売上拡大戦略を展開することが必要になる。基幹業務の機能を分解し、全社最適化の仕組みに再構築することになる。

     デジタル化の中心になるクラウド、IOT,AI等の新技術は、これまで触れた対策を実現するために非常に有効になる。ITコンサルタントの支援を受け、基幹業務を機能分解し、クラウドを活用して新しいものに組み立て直す。できるだけパッケージを活用し、徹底的にシンプルな仕組みにして、最小の工数で、最短の期間で実現できるよう工夫する。AIの活用は難しいことは考えず、先ず従来の作業で、社員がつまらないと思う作業にAIを利用することから開始し、社員はより創意工夫が必要な活動に集中すべきである。

  • 電子決済: 外出自粛要請の中で、電子決済の採用も勧められている。電子決済を支援するパッケージも色々あるので導入することは難しくはないが、導入前に徹底して現在の社内伝票の見直しを実施すべきである。改革後の伝票の必要性を確認し、更に捺印欄にある承認者の必要性を吟味する。重要な伝票については、決済権限ルールを設定し、電子決済システムに反映させるべきである。

  • テレワーク: 4/23の経団連の発表では、調査した406社では97.8%の実施率となっている。一方、LINE分析等での発表では27%となっている。要は、企業としてはテレワークの環境を準備しているが、社員の利用度合いはまだ浸透していない状況になっている。エンパワメント・レベルの高い社員はテレワークの利用で生産性は高まると期待される。
     一方、テレワーク実施中に不安を感ずる人や孤独感を持つ人もいる。作業指示や指導が必要な若手や経験不足社員には、アドバイザーを任命し、グループ・リーダーやアドバイザーと容易に相談できる仕組みにすることが望まれる。

  • オンライン会議: 日本でも、IT企業や外資系企業ではオンライン会議は良く利用されている。米国では2001年の911以降、オンライン会議の利用頻度が高くなっている。911直後、航空機利用は敬遠され、出張を伴う会議は開催できず、オンライン会議が主流になっている。人数の多い事業所では、会議室に集まり、他の事業所からはオンラインで参加する形式も多い。最近のニュースではTV会議を紹介しているが、企業での会議にTV利用はそれほど必要ではない。現実の会議は、議題を議論し、何かを決定することが多く、説明者が準備した資料をたたき台にして議論する方式が多い。参加者は顔写真の表示で充分確認できる。管理者が主催する顔見せ的な会議は不要不急とし、管理者からの通達メッセージは動画配信で充分カバーできる。

     

    新型コロナの収束後の経済は急速に回復するが、一律ではなく、効果的に対応した企業が伸び、旧態依然とした企業は取り残されると言われている。絶好の機会になるこの数ヶ月間で企業改革に取り組むべきと思われる。我々の投資計画も各企業の取り組みの分析が必要になる。じっくりと投資先を検討したい。

     




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